人口減少や不確実性や即興精神、結論としてはダンス

20170104

昨年、渋川先生のブックトークに小説家・楡周平氏が登壇し、現代日本の一番の問題として、日本の少子化・人口減少を挙げており、「おおいに危機感を感じます」と言っていた。そもそもが内需型の日本の経済構造において、人口減少はそのまま経済活動の衰退を招く、と。

個人的見解として思うに、少子化自体は人類が大きな本能あるいは自然という大きな言葉として選択した・せざるを得なかったあらわれであると思う。たとえば私と同世代で結婚する人や子供を産む人が少なくなっているのは個々人の問題ではあるが、それは大きく人類の声として多くの子を残さない選択をする方向に傾いているからで、それがすぐに変わることはないだろう。

「草食系男子」なんて言葉が出現して実際にそういう男性がいることもひとつの時代の象徴的出来事で、それも子孫を残す選択をしないあらわれだ。あるいは人工知能の発達・日常生活への浸透は、生命体が人工知能的なテクノロジーへと、今まで人類が培ってきた「知」を引き継いでいこうとすることのあらわれなのだと思う。種は残さずとも知は残る。

新たな技術が出てきて便利になることは同時に何かを失うことを意味するが、そもそも失われる何かというのもそれ以前の何かが更新されたものであり、郷愁は時間の累積によって生じた人間的情緒によるものであり、子供の世代になってしまえば知識ではわかるが実感としてはわからないことであるだろう。

時代が戻らないことは歴史が証明している。であるならば進むべき先に向けて停滞せずに行動し続けるまでだ。世界を覆いつくすネットワークが緊密になればなるほど複雑性と不確実性は増し、結果未来に起こるであろう出来事を読み解くことはますます困難になる。

”即興精神”とでも言えばよいだろうか。何が起こるかわからないときにおいて、出来うる限り最適な選択を即興的にし続けること。その場に停滞せず、日々その精神を更新し続けること。そのあたりのことが求められているのだと思う。還元すればやはりダンスか。ふさわしいダンスを探し続けて、ステップを踏み続けること。

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