鯉のぼりを見上げた連休、皆が皆過去の人

20170430-koinobori

観念的なことばかり書いてしまいがちなのは、きっとそういうことを考えるのが好きだからです。それは自覚しています。

答えが欲しいとは思いますが、結局答えらしきものはその時点では見いだせるのですが、しかし本当に「答え」が欲しいわけではない。むしろその答えに至る過程を楽しんでいる。

「ああだこうだ思うんだけど、結局今のところこういう風に思う」と、考えて至った結論を導き出す、という行為を、文章を書きながら考えるのが好き、ということになりますね。

誰かと会って喋ったりしていて、結論めいた場所には辿り着くのだけども、決してそこに落ち着きはしない。むしろ人と飲んで喋るときの楽しみは「相手と楽しく会話を楽しむ」ことであり、話題の何たるかは結構覚えていないことが多いのです。

話題の内容よりもむしろ、そのときの印象とか、空気感とか、そういうものばかりが残っています。

 

GWに帰省して、家族と食卓を囲んでいろいろと話をしました。有難い食事を囲んで喜ばしい会話、その行為自体が楽しく。

で、結構何をしゃべったかとかって覚えていません。お酒を飲んでいるせいもありますが。

その場にいて、皆で喋って、わはわは笑っていられることの幸福、そのために時間が許せばできれば帰省して、食卓を囲むことを楽しむ。それで十分。

 

というようなことを、帰省をしてから再び東京に戻ってきた夜、4月30日。翌日はGW間の出勤を前にして、ウィスキーを飲みながら書いています。

多分明日になったら、この文章を書いたことをおぼえていないのではなかろうか。それは素面の私にとっては少し気になるところ。しかし酒が進んでいる私にとってはあまり気にはならないところ。

 

と、書いてみたものの、この頃はあまり呑み過ぎるとやはり次の日に響くものでして、「歳をとったなお前」と嘯いてみても致し方なく、ありのままの体調を受け入れては日々を過ごすしかないのであります。

 

というようなことを、4月30日(日)夜に書きました。この文章のアップ日は5月4日(木)を予定しています。若干のタイムラグ。そのように書いた私はすでに過去の人。

皆が皆過去の人。あるいはあなたとはせめて今の人でありたいと願うばかりの。

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