見上げたらオレンジ色

20170703

見上げたらオレンジ色。

しばらくゆとりがある生活かと思っていたのも束の間、そうは問屋がおろさない。

ん、この場合の「おろす」は「卸す」か「降ろす」か。問屋だからやはり「卸す」だろうか。

→正解は「卸す」。 →参照リンク

「物事は思い通りにはいかない」という意味ですね。

ゆとりはひとときのもので、どうやら次々と予定が決まってきて、それは翻せば幸福なことでもある。丁度良いバランスをいかに保っていくかが、人間生活において肝要なところでありますね。

ホリエモンの『多動力』という本がよく読まれているようだ。

インターネットが生活を覆っている時代においては、ひとつを掘り下げることも大事だが、ネットの威力を駆使し、より多く行動することで自らを拓いていく、という内容か(読んでいないのでわからないですが)。

「行動に移す」ことはもちろん、行動にインターネットを駆使した「魔法」を施しちりばめて、より多くを見聞して世界を拡げゆくことが可能な現代に、いかに選択して行動して生きてゆくか。「いかに踊りながら、次のステップを考えては踏んでゆくか」ですね。

ITもIOTもAIも、出始めのころはちやほやされて騒がれて、その後沈静化し、検証され、それからが本当に生活に浸透し始めてきて、スマホが世界を席巻したような速度でそれらは生活を覆っていくだろう。

かといって完全なる信奉者であるのも疑わしいばかりであり、あくまでそれらは道具に過ぎないわけで、踊らされずにやはり自ら踊るために使うようにいたい。

いくら予定が立て込んでこようが、結局は瞬間瞬間の踊りに過ぎないとわかっていれば、あとは大丈夫でしょう。天気が良くなればよいなと思うくらいで。

写真の空は、明日は晴れを予報しているのか?

都会生活の私はかつて空を見上げて「明日は晴れだろう」と予感した、というか、子供のころに読んだり教えられたりしたこととして、夕方の空には次の日の天気が予感されている、前兆がそこにはあるというのを知っていたはずで、

けれども今の空からはあまり詳しいことはもう読み取ることはできない。

農を営む人であれば、田畑を生活のフィールドにしている人であれば、土や地と対話をしながら空を見上げれば、「明日は晴れだな」「雨だな」「暑くなりそうだ」ということもわかるのだろうか。

きっとわかるのだろうな。たとえそれが外れたとしても、それはそれで構わない。充分に充実した生活を送ることだろう。

スマホで天気予報を見て、どうにか雨はもちそうだから自転車で出勤しよう!と出勤したはいいものの、結果雨に降られて雨に打たれて、だからといってたいしたことはなく、そんなのは些細な問題なのだ。もっとやるべきことに向かっていく意慾と謙虚さと懸命さを持ち合わせては手放して、やはり踊り続けるという解答にとりあえずは落ち着く、

ええもちろん、それは完全な着地点であるはずはなく、着地した瞬間に次のステップのことを考え、考え続けねばなりません。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする