まつりまつるまつられ

 

昨日のパパバンドの練習が予想以上に順調に進んで成果も実感して、よし日曜日の今日はよい日曜日にしようと寝起きから決意して、やるべきことをやろうと狩りに出かけるような思いで。

 

午前に娘のダンス教室。まもなく通うようになって1年が経とうとしているが、思えばだいぶ上手になった。ひととおりの決まった動きは慣れたものだし、新たに教わる振り付けの身体に入る具合も上達が目に見てわかる。

なにかしらの習い事を、と思いはじめてみたダンス、時間の経過とともに、些細ではあるが身に付いてきたか。

 

その後公園に行ったのだが、まるで日差しが夏のそれ。あつーい。娘はいつまでも遊んでいそうな気配だったが、親は早くもやられる。ランチは餃子の王将に行くことを決めていたので、そしてお昼頃はだいぶ混んでしまうので、昼前には到着するように移動。結果すぐに入店出来てなにより。ランチビールの誘惑に負けて喉ごし放心。

 

その後妻子は帰宅し、ひとりで床屋に行ったのだが、ビールを飲んでしまったものだからそれはもう眠い眠い。順番待ちの座席で一瞬寝落ち。順番が回ってきてこれはもう髪を切ってもらいながら眠っちまおうと思ったら、カットの担当が切れ目なく喋る方。「そうですね」「なるほど」なんて相づちを打ちながら、隙あらば寝ちまおうと思っていたが無理だった。相手に合わせる性分だ。

 

巣鴨のセイユーで買い物。先週末の夕飯がサンマとカツオの刺身、他様々なおかずだったので、さすがにちょっと違ったものにしようかと品ぞろえを見たら、目にも美味そうなカツオの刺身と、どうやら旬が来たのかサンマ、結果先週末と同じメイン。他のおかずはいろいろ変えて。きゅうりとワカメの酢の物、ゴーヤ炒めの砂糖醤油漬け、空心菜の炒めなど。またビール。

 

セイユーから帰ってきたらそれはもう眠かったので寝落ちる。16時頃起床。それからランニング。暑さも引いて、快適なラン。途中通りかかった氷川神社のお祭りの模様が写真。

 

身体を動かさないとやっていられないという心地が訪れたために走りに出かけ、結果走り先でいろいろなものを見聞きして、自分のちっぽけとどうでもよさを改めて知り、もう帰ってきて美味しいものを食べて眠っちまおう。

というわけで眠っちまうつもりだったがブログを書いていなかったことを思い出してどうにか起き出して書いている、そろそろ書き終わりそうだ。

 

いろいろと喋りたいことがあって喋ろうと思っていながらタイミングを逸してそのまま喋らずに蓄積していった言葉以前の思いが表情に醸される。物憂げの憂げとはつまるところ蓄積だ。物憂げな表情とは「言いたいことはあるんだけど言わない、あるいはどの言葉が適切かどうかを逡巡している」状況で、言わないことで伝わらなくて、結果さらに蓄積される。

おそらく多くを墓まで持っていくだろうが、もし話すことが許された相手がいて話すタイミングがあれば、拙いながらにも言葉を紡いでみたいものだと思う。何の話?と聞かれれば、まずはそこは対話から始めてゆかねばならないが、急がずとも良い、どこに辿り着かずともよい、とにかく対話をはじめてゆくことだ。

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