日々視点/写真視点

普段見ている風景と、カメラを通して得た写真画像の印象が、ずいぶん違っている。

つい先日撮った娘の後ろ姿の写真、

日々一緒に過ごしているので、毎日その姿は目にしているはずだが、

改めて写真を通して見てみたら、「なんだずいぶんと足が長くて大きくなったな!」と驚いた。

 

普段生活していると、視線は常に動き続けており、一点を見続けるということはあまりない。

カメラという装置を通して得た写真という視点は、日々の視点を再確認/再認識させる力を持つ。

例えば片づけられない人に「部屋の写真を撮ってご覧」と、普段生活している部屋の写真を撮って見てもらうと、その部屋の散らかりように驚くといった話もある。

いわゆる「客観的な視点」を獲得できるのだ。

 

五感でいうところの視覚「見る」という行為は、日常において脳が受け取る情報の約80%を占めているとも言われているが、写真という装置/テクノロジ-を通すと、逆に普段どれだけ物事をみていないかということに驚かされる。目の前にある事象は同じであるはずなのに、見ている人それぞれで得ている情報が全く違うのだ。

 

ところで最近読んだ本において「見る」という行為は「見渡す」「見抜く」「眺める」と分類されていた。なるほど、その意識を持ってして「見る」だけでもいくらか違いそうだ。

世界は変わり続けるし、娘は日々成長する。多くを見逃してしまうことは必至だが、見逃してなるものかと「見渡し」「見抜き」「眺める」視点でもって「見る」行為に、より貪欲でいられればとも思う。

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