季節も人も当然

娘がダンスを習い始めて1年経とうとしているが、最近急に上手になって、それまでが上手ではなかったから余計そう思うのだけど、本人も楽しいらしく、見ていて面白い。成長曲線みたいなものの、急にうまくなるというところ、先生にも褒められ、続けてきてよかったと思えること。

 

子育てのいろどりはうつりゆく。もう6歳になる娘は口も達者になり、自転車での遠出も平気になり、来年には小学生になり、親との距離もできてゆき、

今は「一緒に遊ぼう」と言ってくれるが、そのうち一緒に遊ぶこともなくなってゆくだろう。

その時に寂しさを感じるだろうか?きっと感じるだろう。だから親は親としての、別の遊びを探してゆくだろう。

 

別の遊びとはなんだろうか。子供のように遊びの天才ではないものだから、意外ともてあましてしまうのかもしれない。大人になっても遊び上手な方が良いだろう。何事においても遊びを見出せるようにいたい。いずれ大人になるのは仕方のないことなのだからこそ、子供性は持ち続けていた方がよさそうだ。あるいはもっと歳を重ねれば、むしろ子供に戻るのかもしれない。時折出会う老齢の方たちは、まるで子供のような素振りをする。だったらずっと子供のままでもよいのではなかろうか。

 

 

土曜日、バンドメンバーでのホームパーティがあり、わいわい賑やかに話しては飲んだ。次の演奏会は来年2月を予定しており、思えばあまり時間は無いようだ。仕切りなおして改めて、バンドも次のステップにゆかねばなーと。

より新たな遊びをしてゆかんと、またいろいろと考えては悩み、作ってゆく行為が始まる。そういうことが好きなのだろう、それも遊びなのだろう、何だかだ言いながら、楽しくやってゆくだろうが、また新たな可能性を開き、メンバー皆と楽しく時には真面目に、次のステージめがけてやってゆこうと思うばかり。

 

 

季節はすっかり変わりゆく。人も当然変わりゆくだろう

遊びと真面目さ、健気とあとなんだろう、より良きを目指しゆく心持ちはいつでも胸に、やりたいことをやる。そうすることしかできないみたいだ。

 

 

うつろいうつつ #イチョウ並木 #東大

A post shared by nawachiyo (@nawachiyo) on

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です