こどものあそび

子供はほうっておくとずーっとブランコに乗っています。

 

当たり前ですが、年の瀬の時間の過ぎゆきが早く感じられます。

これって20歳くらいの時に比べて倍くらいに感じられる。

ということは、私は今42歳なので、60歳くらいになったら、もっともっとはやくなるってことなんだろう、体感的に。

年長者に聞いてもそのように答える。きっと間違いないだろう。

ということは、こうしたい、やりたいと思っていることはありながらも、時間の制約でもってしてできなくなることは、今後どんどん増えるということになるだろうか。

身体がだんだんと動かなくなっていくので、いろいろやるのも億劫になり、結果やらなくなる、というのは常套だけれども、「それではつまらない」という声が聞こえてくる。

過去の栄光、至らぬ過ち、酒の失敗、傍若無人、喧嘩上等、火遊び結構、今更つまらぬ方向を向いてもつまらない。

一度やると決めたことについてはやりぬく。徹底して遊ぶ。その強度はますます増し。

 

誰だったかは忘れてしまったけれど、たぶんアルバイトの学生さんだったと思うが、その子の祖父が80歳を過ぎてから絵を習い出し、90を過ぎてのちますます意欲が出て、ずっと絵を描いているそうで、その絵が何かのコンクールに入選したとかで、その絵をスマホの写真で見せてくれた。その絵を見て私はぐっときてちょっと泣きそうになった。鉛筆画で、余白の多いものだったが、その筆致、世界観、妙な本気度と抜けが混在していており、上手とかではなくて、「うわあすげえなこれ」と思ったのだ。

絵を描きたいとはずっと思っているけど、まだ早いとも思っている。もっと他にやるべきことがあると思っている。けども、そうではなくて、もうやるべきなのだ。描きたきゃ描くべきなのだ。そんなに時間はないのだ。年長者に言わせれば「何を言っている、お前にはまだまだたくさんの時間が残されている」と言われるだろうが、個々人の時間性はあくまでそれぞれの個人にしかわからないことであり、残す残さないとかではなく、今その時をできるだけちゃんとするかどうかである。いや、ちゃんとはしていないけれども。より魂が躍動する場所を探し求めているという方が近いかもしれない。

 

自分も幼い時にずーっとブランコに乗って飽きなかっただろうか。

おそらくは今も、似たようなことをしているに過ぎない。子供のころの遊びがそのまま続いている。

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