そらがひらけた

 

新しい自転車が納品されまして、そんな新しい自転車=新しい足での初出勤は、なんだか空が広く見えました。

お世話になった相棒とおさらばし、新たな相棒(自転車)とのコミュニケーション。

ペダルの踏み心地、ギア変速の加減、ハンドリングの具合、当然以前の相棒とは違います。

もちろん少しずつ慣れてはきましたが、手足のように滑走するにはしばらくの時間がかかるでしょう。

 

対面した見知らぬ同士がお互いを開くまでには、少なからず時間がかかります。

新しい自転車に乗りながら、その操作動作ひとつひとつを確かめつつ、開かれた関係性に至るまでの時間を思います。

 

これからもしかしたら出会うであろう人たちと、深く知り合う関係に至るにはそれなりの時間と手続きがかかる。

しかしながら今まで出会い、深く仲良くなった人たちとはいたずらに、だんだんと疎遠になってゆく。

うらはらにぐるぐるします。どこにいきつくこともない。

しかしその先に見えるのはただ広い空。

 

写真にうつる、皇居を走る中学生か高校生たちとたくさんすれ違い、彼ら彼女らはとても苦しそうな顔をしておりました。

しかしなんだか、彼ら彼女らの顔を見て、羨ましく思った自分がいたことに気付きました。

体力の向けどころはわからないまま、きっと強制的に走らされているその姿のむきだしなおぼつかなさが、かつては自分にもあっただろうけれども今は無い羨ましさ。

もう二度と手にすることのないであろう躍動のようなもの。

 

もしかしたらそんな躍動を身体に思い出させたくて、今も懲りずに走り続けているのかもしれません。

そういえば何で走るのかを改めてちゃんと考えたことはなかった、今度ちゃんと走りながら考えてみようそうしよう。

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