詞と詩を巡り歌を重ねると素直と無垢に向き合う

 

上野公園を走り抜けていく折に撮影。

桜の樹々に桜色の電飾。あと2か月もすればすっかり咲き誇っていることでしょうか。

そのころはいったい何をしているでしょうか。

上野の森の公園の 桜の灯り 春待ち遠し

 

この週末、パパバンド演奏2days、楽しんで参る所存です。

それでもって先の予定は決まっておらず、またやるかはわからないですが、ひと段落になるでしょうか。

従事していると大変ですが、終わってしまうとまたやりたくなってしまうもの。それは間違いありません。

 

このごろは詩を読むことを好んでおり、図書館に行って詩の棚を物色しますが、これが大人の棚よりも、子供向けの棚の方が良いのです。

子供に向けた詩編が集まり、今の詩への欲求に叶うひととおりの日本の詩人がそろっています。

まるで子供のような心地で詩に向かう。

そういえばバンドでの曲作りのために作詞するんですが、詩と詞はまた違ったものではありますが、音楽にのせて歌う詞のことを知っていくと、また詩も面白くなります。逆も然りで、詩を読めば詞も面白くなります。

演奏会で披露する歌を歌いながら自転車に乗って通勤、詞と詩を巡りながら歌うことを重ねることで、歌詞というものにより深く近づいていくような心地がします。

上手に歌おうとしていた以前の私がいましたが、それはそれでいいんですが、それ以上に歌詞と曲と素直に向かい合って歌えば良いのだということに気付いた心地もしました。

その素直さそれ以上に、聴き手の子供は無垢な耳で全身で向き合って聞いてくれるであろうことでしょうから、何をするでなくあるがまま、自然にゆだねるばかりです。

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