やりたいことを

写真は昨日、入学式のあとにランニング、根津神社境内にて。女の子がきれいに咲いた八重桜?に向けて手を伸ばした姿を撮影する女の子の図。

花に手を伸ばす女の子の腕が妙に細いが、それは遠目の写真の写り具合のせいだろう。

 

今日はずいぶんといろいろと物事を進めた。

盆栽の植え替えをした(同じ姿勢を続けていて腰が痛くなった)。

売る本の集荷があり、廊下に置いてあった5箱の段ボールが持っていかれてすっきりした。

家の掃除をした。机まわりの掃除もした。

巣鴨に買い物に行った。

バンドの練習会場を借りに行った。

図書館に行きCDを返してCDを借りた。

後楽園のラクーアに行ってシーツとシャツを買った。

オリンピックに行って園芸用の土とバジルと万能ねぎの種を買った。

夕飯に餃子を作った。

 

本当は走りにも行きたかった。

築地と明治神宮に行きたかった。

新しい勉強をはじめねばならなかった。

バンドのホームページリニューアルにも着手したかった。

ラクーアに行ったついでにTENQに行って、宇宙のガチャガチャをしたかった。

 

やれることは本当に限られている。

 

パイナップルを買った。

明日の朝、食べようと思っている。

あさイチで食べる果物は本当に美味しい。

身体に朝いちばんで入っていく水分が果物が染みわたっていく感覚は目覚めとともに生き返る心地でぜひおすすめしたい。

 

おいしいサングリアをがぶがぶ飲んでおいしい料理を。

 

書きながら思いついたことをただだらだらと書いているので滅裂しているけれど、もう今日はお酒はやめにしてペパーミントのハーブティを飲んでいる。

以前まではひたすら酒を飲み続けてよくわからない状態になり、翌朝目覚めて胸のあたりに激しい渇きが残り、そのまま昼過ぎまで渇いたまま、みたいなことが日常だったけれども、適度にやめにしてハーブティにしたら渇きは軽減された、ような気がする。だらだら飲み続けるのは習慣になっていた。身体がもうそれはやめようと言い、習慣をどうにか変えてみた。身体の野生に従った。

よりやりたいことをやるためには身体が不調ではやっていられない。

 

 

昨日走っていて、息は上がっていきハアハア言いながら走っているが、風景に気を取られたり、おもしろそうなアイデアが浮かんでそのことを考えていると、息が上がって苦しくなっているのを忘れる。

忘れた状態が長く続くと走っていることは決して苦ではない。むしろ楽しい。そして時に走っているときの思考に気を取られて走っていることさえも忘れてしまうことがある。

いや、もちろん走ってはいるんだけど、どこか遠いところにいるように思う。瞑想に近い。

空を見上げてひこうき雲を見つけたりして、あの人は空を見上げているだろうか、とか思う。

少し寂しい気分にもなるが、少し嬉しいような気分にもなる。それぞれの気持ちが同時に訪れる。どちらも合っている。

その、どちらもあることを否定せず、良し悪しの判断もせずにただそのまま受け入れることが大人になっていく老いていくことなのかと思ったりする。

水が流れることには抗わない。素直に心地に身を任せる。いろいろ考えてしまうけれども結局心の声が自然に近い。

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