夜の手記、あるいは読まなくてもよいやつ

 

好きな女の子に書いた夜の手紙を昼間に読んで、何を書いているんだろう恥ずかしい!っていう経験は誰しもが持つ?ことはないとは思うんですが、

恥ずかしいから出すのはやめる、っていうのと、恥ずかしいけどその思いは本当だから出してみよう、っていう選択はできると思います。

僕はどちらかというと後者で、恥ずかしいけどそれはそれなんで、結局は自分の行為ではあるので、それを引っ込めることはせずに出します。

結果どうなったか?というと、あまりうまくいったこともないような気がしますが。

 

今日は金曜日で週末で、仕事も18時に終わりそうで、そろそろ帰ろうと思っていたところ、上野の木村さんからTELあり、飲みに来ないか、ミズキも来てるぞ、ミズキっていうのは小学校時代からの付き合いで、20代に阿佐谷・目黒で共同生活をしていたり、一緒に芝居をしたり、思えば相当長い付き合いで、そんなミズキも来てるなら行かないわけにもいかないと、仕事終えて向かい、いろいろと話をしてそれはもうありがたい色々なことを思い出したり笑ったりして、そんな金曜日が更けた家路、上野駅を大きく渡る橋の上から通り過ぎる電車たち、ただその行き交いを見ているだけで面白く、ずっと見ていたかったのですがそうもいかず、大きく深呼吸をしてその場を離れました。

 

12月にタイでの公演を予定していて、出ないか?と言われ、出たいなあと思ったのですが、現在の生活を続けている限り出ることは難しく、しかし出たいなあ、じゃあ出るならばいったいどんな手続きを踏んで、誰の了承を得て、さてどのくらいの予算があればよいのだろう?というところまでは思い浮かびましたが、じゃあ具体的にってなると頭が働かずに、久々に舞台に立っている自分の姿を思い浮かべることはそれだけで楽しいことであったりもします。

いずれもいずれ、その電車に僕は乗っていなかった。乗っている自分もいたかもしれない。その電車は高速度でどこにたどりつくだろうか。

 

なんていうことを、即興的に文章がただ書かれたいがままに連なっていき、結果どうでもいい感じの想念が浮かび上がり、ただそれらは思い浮かんだはずだから書き留めることができたので、きっと突拍子もないようなことができる人は、事前に突拍子もないアイデアがあり、それを実行したに過ぎず、別に突拍子もないことをするつもりはないけれど、アイデアの浮かぶままあるがままを連ねていきたいとは常日頃思うばかりです。

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