かつて27とこれから

27

落葉の色彩に気を留める季節になり、早いな、と思う。毎年この季節になると同じようなことを思うようになり、今年もまた同じように早いな、と思った。きっと年内にあと数十回、同じようなことを思うだろう。

 

年齢を重ねたことについても同様に、むしろ頻繁に、早いな、と思う機会が増えている気がする。その機会ももっと増えることだろう。

 

27歳という年齢が自身にとっては特別な年齢で、その年齢を通り過ぎてからはしばらくぼんやりしていた。ところでマーク・ボランの年齢も越えてしまったので、しばらくぼんやりするだろうか。いやそれ以上に、ぼんやりしていない時などあっただろうか。

 

ぼんやりしていたら、娘は4歳になった。彼女が27歳になる頃には世界の様相はすっかり様変わりしているだろうか。今までと同様に、この場所と地続きでその時は訪れることだろうか。娘が生まれた夜と今現在が地続きであること(にわかに信じがたくなる時もあるがそれは紛れもない事実だ)と同様にそれぞれは繋がりつつ、実感はその時になってみなければ伴わず、いや、今も伴っているかは怪しいものだが。

 

また、寒さ増すとともに、色彩があふれゆく季節のほんの一瞬を早いな、と思うだろう。降り積もる季節の重なりは、年齢とともにその層を増し、奥ゆかしいものになるだろう。

 

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