いまだ宿る青春という恥ずかしくも輝かしい時代のごったがえし―『哀愁の町に霧が降るのだ』椎名誠

aisyu-no-machi

先日、阿佐谷にて当時の仲間たちと酒を浴びるように飲んだのだけど、そもそも阿佐谷にて共同生活をしていたのが2000年の頃から4年ほど。集まった皆は、ほとんどがこの小説を読んでいた。

作家・椎名誠が実際に共同生活をしていた頃のことを、おもしろおかしくすったもんだに描き出した青春群像劇。僕も共同生活をする前に(20歳の頃)読んでいたのだが、あらためて今(40歳の今)読み直してみたら、これがすこぶる面白い。

著者の筆の躍動はもちろんのこと、その状況が当時の共同生活と共鳴して、またそこから時間が経って客観視できるものだから、その響きがより大きなものになっている。

まるで昨日の事のように思い起こすことのできる当時はもう15年も前のことで、先日みんなで集まった際は話も尽きることなく、というかそのまま阿佐谷の家に帰って寝ちまえばいいんじゃないかと思ったものだが、鮮烈に色濃く今なお自分の血肉としてその生活があるのだということを強く実感したのだ。

というわけで、まずはこの小説を読み、続いて当時その家にあった日記を読み直すところからはじめてみることにする。さああらためて今、なにを思うだろう。

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