becoming

 

becoming

 

今現在の世界は「なにかになっていく状態=becoming」と呼ぶことができる。ある本に書かれていた。

ユートピア(理想郷)でもなく、ディストピア(理想郷の反対)でもない現代。多くのものが徐々にネットにつながっていく社会。自分の意思に関係なく、ネットは勝手にアップデートされていく。使い勝手の良かったソフトやアプリも勝手にアップデートされ、使う自分もそれに合わせていく(合わせなければならない)ようになる。

 

スマートフォンを一度手にしてしまった以上、それ以前に戻ることが難しくなってしまった現代人は、この先はもうアップデートの連続を余儀なくされる。次々と状態は上書き更新されていき、後戻りができなくなっていく。

その違和感、異様を受け入れる、それも日常的な徐々なる速度で。急な変化ではないので大局的視点は持てず、あるとき随分と変わってしまったことに気付く。で、戻ることはできない。

というのが当たり前になったのは、いつの頃からだろう?すでにそれは随分前からはじまっていたのだろうか。気付いた時には遅いのだ。むしろその状態を受け入れ、上手に泳いでいかねばならないのだ。

 

過去も未来も以前に比べれば等価値ではなくなり、「今」が研ぎ澄まされていく。過去にも未来にも思いを馳せるが、それ以上に「今」が重要になっていく。まさに「ゆく川の流れは絶えずして」だ。

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