視点を得る日々を繰り返し繰り返され

日々本を読んだり、街を見渡したり、文章を書いたりしているんですが、最近気付いたのは、そういう行為を通して何がしたいかといえば、「新たな別の視点が欲しい」ということなのだと思うに至りました。

同じ物事であっても、側面を変えればまったく違うものに見えます。写真もそうですね。

通勤途中の自転車にて、信号待ちでふと見上げてみると、建て替え中だった出版社・小学館のビルがすっかりできあがっており、その窓を清掃する人が目についたのでパチリ(iPhoneなので「パシャァ」)。

もうやることはないでしょうが、一度やってみたかった仕事のひとつです。ビルの窓清掃。ハードな業務に違いありませんが、他の仕事にはない爽快感があるに違いありません。忍者的自由がありますよね。

生きている限り、出来うるだけ多くの視点を持ちたいという欲望です。窓を清掃するふたりを見上げながら、同時に清掃する人自身になりきることで、世界はまるで違って見えます。

聞こえはしませんでしたが、ふたりは何か会話を交わしていました。いったい何を話していたんだろう。

ただただ過ぎゆく日々ですが、流れ去る風景や出会った本の光景にいっとき身を投じ、想像を豊かにし、今まで見知らぬ視点を垣間見る。そんな繰り返しに過ぎゆく日々を、季節と共に巡り巡っておりますところの現在です。その現在もあっという間に過ぎ去ってしまった。

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