『断片的なものの社会学』岸政彦

fragment

 

昨日のエントリーでも紹介しましたが、今日も紹介します。(本当に面白かったのです)

 

私たちが住む社会は、実際はどのような形をしているのでしょう?

そのひとつの回答が「断片的」であると、著者は答えます。

 

断片的で無意味なものたちの集積によって社会は成り立っている。まるで秩序だっているかのように錯覚しているけれども、実際はもっとばらついていて脆くてどこかに収まることのない、ただの断片たちであふれている。

著者はその断片を独自の視点で切り取り、それもできうる限り生のまま、ありのままで文章として私たちの前に差し出します。肉屋が肉の塊をさばいて、それを目の前にぼんっと投げて差し出すように。

そのひとつひとつはささやかなものなのに、積み重ねられるうちに、揺るぎ難い「この社会のかたち」が眼前に現れます。そしてそれは紛れもなく、私たちが住む社会のかたちそのもの。

目に留まってはいながらも素通りしてしまうものたちを、著者が丁寧に拾い上げ、そこに社会の本当の姿があぶりだされてきます。本当は目にしているのに意識していないもの、見ないようにしている風景。そこに本当のところがある。

 

や、まるで良質な文学を読んだような心地にさえなります。が、そこには同時にそこはかない寂しさも漂っています。が、社会そして世界が寂しいものであるならば、それはそれで真実の姿であるに違いありません。常に日々がこのような寂しいトーンである必要は全くないのですが、本書に漂う冷めていながら実に愛情深い視点は、否が応でも世界を広げてくれます。

 

 

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