汚れた靴のこと

shoes

生涯において気に入っている靴がPATRICKのSOLSONAモデルで、まったく同じモデルばかり履いていた。

たまには違う靴にしようと選んだのが、SPINGLE MOVE のトリコロールというモデル。そいつもずいぶん履いて、だいぶ汚れた(のが、写真の靴)。

汚れた靴は嫌いではない。むしろ好きである。「いい」と思う。

それでもいつも、本当に汚れた靴のことを思うと、「アキラさん」のことを思い出す。

20代の頃、芝居をしていた際、舞台監督をしていたのが「アキラさん」だった。あまり人付き合いが上手ではなさそうで、大体の人が「得体が知れない」と近寄らなかったが、私はなんだか「気になる人だ」と思っていた。

何度か舞台で一緒に仕事をし、あるとき芝居の舞台装置の運搬の車で同乗した。その際、いろいろと話をした。年齢は僕の1歳年上で、話しているうちに徐々に打ち解けていった。

そんなアキラさんは、とても汚れた、というか、ほとんどすりきれて、もはやサンダルのようにカカトが無くなっている黒いスニーカーをいつも履いていた。

「家出したときに履いてた靴なんですよ」

あるとき、何がきっかけだったか覚えていないが、不意にその靴のことを教えてくれた。どうやらアキラさんは名古屋あたりの出身で、家出をして、その際に履いていた靴を、もう何年もずっと履き続けているらしい。

いろいろな靴を、迷うことなく買い替えては履くことに疑問を抱かない自分にとっては、なんだか衝撃だった。本来であれば汚れて履きつぶしたといってもいいような靴を履き続けることに。

アキラさんは、その家を出た時からその靴を履き続けている。他に靴は持っていないということに。

その後、アキラさんは別の芝居の現場で、バックしてくるトラックを誘導している際に、運転手があやまってバックし続けて、結果はさまれて両足を複雑骨折してしまった。

そのまま入院をしたということを聞き、確か川崎方面だったと記憶しているが、お見舞いに行った。病院近くのコンビニで買った「ゴルゴ13」かなにかの漫画を持っていった。

アキラさんは僕が訪れたことに驚いた様子だった。そして嬉しそうにしてくれた。何を話したかはまったく覚えていないが、病院の外にある喫煙所で、煙草を吸いながら何かを話したようなことを覚えている。そのときは例の靴ではなく、病院のサンダルを履いていたように記憶している。

確かその時、アキラさんは「探偵の勉強をしているんですよ」とか言っていたと思う。舞台の仕事ももう辞めてもいいかな、みたいなふうに言っていた。

その後、アキラさんとは会っていない。連絡先もわからない。もう20年くらい経ったと思う。

だからというわけでも全くないのだが、汚れた靴が嫌いではない。むしろ好きである。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする