ダンスの幸福

誰が何と言おうとまたピナのダンスなのだが、

踊りのそもそもが持つ力とは、人が生きることそれ自体のとても深い部分から興ってきており、そこを掘り起こしてきた上で作品に昇華しているからがゆえ、ピナのダンスはわけがわからなくても面白いのである。

夢のそれにおそらくは随分と近い。

 

とか思いながら観ていると、もうずーっと観ていられる。なんだろうか、よくわからない。よくわからないから何度も観る。

 

何度も観る映像や何度も聴く音楽は、その瞬間瞬間においてのみ訪れる幸福な時間を味わいたいからこそ、何度も繰り返す。よくわからないという場所に居続けること。解釈や解決は重要ではない。その場に立ち合うこと、それ自体の方が本来である。終わってしまえばもう、終わりだ。

 

結果が欲しくて、そこに至る過程を経る。しかしながら結果としては、その過程に居る時の方が、より生きている―ダンスしていることのように思えて仕方がないのである。

 

だからというわけではないが、目的地に着いてしまえばもう、次の目的地のことを考えている。妙な性分だ。その場に留まっていられない。次のステップのことを考えてしまう。

 

 

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