ジュウガツザクラとおじさん(おじいさん)

朝の保育園への送りにて、お寺の境内を通る際、娘に「枯葉が増えてきたねー」とか言って歩いていたら、すぐ近くにいるおじさんが「これ、ジュウガツザクラだよ」と、木にぽちっと咲いた花を指差して教えてくれた。

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本当だ、桜の花が咲いている。色が変わりつつある葉っぱの合間に咲いている。そんな花があったことを知らなかった。桜は秋にも咲くのか。

「この木と、あの木がジュウガツザクラ」向こうの方を指差して、おじさんは教えてくれた。そうなんですね。これ、桜なんだって。娘に言うと、娘も興味深そうに花を見上げている。

 

ありがとうございます、とおじさんにお礼を言って別れ、写真を撮り、桜が咲いてるんだねーと娘に言って、今日は猫はいるかな、とか言いながら歩いていった。いつもより時間があったので、もうちょっと猫を探してみようということになり、いつもは行かない墓地の奥の方に行ってみる。

秋が一段深くなったような、まだ慣れない身体には寒さがより寒く感じられるような陽気なので、猫はいないかなーと言いながら歩いていたら、案の定いなかった。寺の境内を歩くようになったのはこの4月からだから、秋から冬にかけての寺の光景は初めてで、どんな風に季節を積み重ねていくのだろう。

 

結局猫はいないまま墓地の奥から出てきたら、さっきのおじさんがなんとなく近くにいて、「東京でいちばん高い塔がここから見えるのは知ってる?」と教えてくれて、えっそうなんですかと言うと、「ちょっと戻るけどついてきてご覧」と歩きだした。歩きながら「あれだね、私ももう70だから、おじいさんと息子と孫みたいなもんだね」と言った。おじさんに見えたが結構年をとっていた。そうですね、と応えると、娘はどこかで拾ったどんぐりを2つ持って「どんぐりだよ」と言う。

 

境内をだいぶ戻ったあたりでスカイツリーのてっぺんの方が見えた。娘も見える、見えると言い、おじさんは満足そうだった。「ここのお寺は他にも結構面白いところがあるんだよ」と、いくつかのエピソードを聞かせてくれ、へえそうなんですか、それは知らなかったなあと僕は応え、そのあいだ娘は特に飽きる風もなく、おとなしく隣でおじいさんの話を聞いていたり、どんぐりで遊んだりしていた。

 

順天堂大学の創始者のお墓がすぐそこにあるという話や、無縁仏の慰霊碑の話や、森鴎外の最後の手紙を託された人のお墓があるという話や、この近くに住んで14年くらいになるけど、そんないろいろな話を朝の散歩に来るたびに掃除をしているお寺の人に聞いて知ったんだよ、すぐに知ったわけじゃない、ここに散歩に来るようになって、少しずつ知っていったんですよ、と言っていた。

 

もう少し話を聞きたくもあったが、このまま聞いていたらきっとずっと話しは続くに違いない、保育園に行かねばならないので、きりのよいところでありがとうございます、また聞かせてくださいとお別れの挨拶をして、じゃあ行こうと娘に言うと娘もだまってついてきて、おじさんは別れ際に何か言っていたがそれは聞き取れなかった。「またね」とか「いってらっしゃい」とかいう短い挨拶的なものではなく、もっと長いセンテンスのことを言っていたが、聞き取れないうちに行ってしまった。結果15分くらい話をしていた。

 

娘がすぐ脇でずっと黙って話を聞いていたことに、なんだか成長を感じた。加えて結局猫は全然見かけなかった。別れてから、そうだ猫のことを聞けばよかったと思い返した。ジュウガツザクラとおじさん(おじいさん)に出会った、秋の深まる朝だった。

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