綱の孤高

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今年の名古屋場所は白鵬の35回目の優勝でその幕が降りました。

照の富士や鶴竜、栃煌山にも途中優勝チャンスはあったわけですが、結果として、やっぱり白鵬だったか、という今場所。やっぱりちょっと格が違う白鵬の相撲、それはもう本当に強いんですが、途中のいくつかの取組は、心がざわついているように見えました。

 

大鵬の持つ優勝記録を更新してから、大横綱としての未知なる境地を孤独に突き進むその心境とはいかなるものなのでしょう。その強さを見せつけてほしい、でもあまりの強さにたまには他の力士にも優勝してほしいというような、ファンとしては裏腹で身勝手な思いを抱きながらの観戦(千秋楽での白鵬-鶴竜戦では、がっぷり四つの場面で鶴竜コールが起こりました)。

 

で、思うのは、白鵬はもちろん目の前の力士と一番一番を戦っているのですが、超えるべき壁を越え、未開の領域に達し、それでも未だ戦わなければならないという場所に居る。それはもう、本人にしかわからないような、目に見えない何かしらと戦っているのではなかろうか、ということです。貴乃花が引退前に、怪我を抱えての優勝をした際、武蔵丸との一番でまさに「鬼」と化した一番がありました。あんな極みに達したからこそ、見てはいけない相撲の何かを見てしまったからこそ、その後の貴乃花は若くして仙人みたいな雰囲気を帯びたのです。

 

何だか白鵬も、貴乃花の至った場所に近い、本人にしかわからない未知未開の場所を、孤独に突き進んでいる、そんな風に思えてなりません。まだまだ強い横綱で居続けてほしい、そして他の力士がもっともっと力をつけてほしいと思うばかりです。

 

 

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