未来が好き

なわとび

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「未来、好きですよね」と言われたので「うん、好きだね」と応えた。

 

最近ジャズを好んで聞く。まだその深いところは知らないが、今この瞬間にしか鳴らすことができない音というのがあり、そこに懸命になって瞬間を刻む。そこに人があらわになり、気を逸すればわからない種類の即興性に生き様がある。「生きている」感じがする。

 

CDなどの音源でジャズを聴くが、本当はライブなどに行き、その場に居たい。長らくの記憶は薄れていくが、ジャズによって鳴らされた音が記憶として印象として宿り、同時にその場が深く記憶に刻まれる。ジャズが記憶で踊る。

 

未来はやってくるが、例えば2020年もそのうちやってくるが、そこは今と地続きである。今を踏みしめて未来がある。外部からもたらされた未来によって翻弄されることは間違いないが、少なからず自らの意思で未来は切り拓かれる。

 

「未来が好き」というのは、外部からやってくるものと同時に、自らが行ってきた結果としてある今がすでに過去にとっては未来なのだという定義でもって、どうしようもなく思い通りにならない未来も、自らの意思によってもたらされたものなのだと思い、肯定することだ。

 

否定も肯定もできない「あるがまま」とどう対峙するかという瞬間の連続に今があり、その先に未来がある。そしてそれらをすべて肯定する。そういった意味で未来が好きだ。その感覚は瞬間を刻むジャズに近い。

 

 

確定され得ないものに身をゆだねているのだから、むしろジャズ的にいこう。その瞬間瞬間における「直感が示す方向」=「鳴らすべき音」に身をゆだねてみたい。

 

そういえば少なからずなわとびをする子は未来に向かっている。瞬間を生きているなあ。

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