行ったり来たりするし、来たり行ったりする

go-round

あれっ、ここは前にも来たことがあるような気がする、父親が娘を連れているみたいだが、娘が私ではなかったか。周りを色とりどりの乗り物が溢れ、まるで夢とうつつが一緒だった。大きな乗り物に乗ると、いつもと視界の速度が変わる、そのことに全身で驚きわくわくした。どんどんと世界が広がっていくカンジ。

座っている場所が少しずつ高くなってゆき、視野が速度を増してゆき、手元にハンドルがあるから操作すると、まるで自分で動かしているようなカンカク。夢中でただハンドルを操作して、とても大きなものを自分で動かしていることが素直に嬉しい、というか、嬉しい以前に、胸のあたりが熱くなり、浮き上がるような思いがした。言葉が付与される以前であり、それがのちに嬉しい、楽しいという感情・言葉であるということを、いつの間に知ったのか。

思うに、3歳の頃のことを14歳ではわずかに覚えていながらも忘れるだろうし、14歳の頃のことを27歳では忘れてしまうだろう。同様に、27歳の頃のことを40歳では、随分と色々と忘れてしまった。では40歳の頃のことを、55歳になると忘れてしまうだろうか。同時に、55歳の頃のことなんて、77歳になればもうすっかり遠くの出来事になるのだろうか。

もっともっと長くその場所に居たかった、けれどもそんな時間はあっという間に過ぎた。きっともっと居たくて3歳の頃は泣いたりもしただろう。40歳にもなれば泣きはしないが泣きたくもなる。楽しい時間はあっという間に過ぎていった。大丈夫、今がまさに楽しい時間だ。

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