on the bridge

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人と話すと、自分の意見が引き出されて、翻って自分はこんなことを考えていたのかということに改めて気付く、ってことないですかね。

ぼんやりとは考えていたんだけれども、対話を通して一旦明確に言語化されるので、ぼんやりがはっきりする。対話なのでその先が展開して、戻りたいトピックに戻れないことも多々あるけれども、のちに先ほどの対話を思い起こして、ざっくりとした考えを構築しなおす。その上で、また別の人との対話を通して、はっきりした考えがより明らかになってゆく。

対話は瞬間的に流れていくものだから、忘れてしまったりもする。再現は不可能なので、時に裏腹な発言をしてしまうこともある。一瞬一瞬に思いは更新され続けるものだから、昨日「No」だったものが「Yes」になることだってありうる。

発言に責任を持つことは大切だが、新たを知り、検証し、やはりそうではないと、自身を柔軟なフラットでいることも大切と思う。角度を変えれば物事の見え方はまったく違う。見え方の多角を得るために、沢山の本を読むし、沢山の人と対話をしたいのだ、と思う。勉強が足りない、足りることはないだろうが、足りようとする行為そのものの中に自身を置く姿勢は失いたくないなーと思う。

(わかりにくいけど、橋の上の人が、手を振ってくれたんだ!)

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