毎日通る路。いずれ懐かしくなるであろう参道

4歳になる娘を毎日保育園に送ります。娘と一緒に歩いて15分くらい。足取りは、娘の気分によりけりで、特に週のはじまりは重く、週末に向けて軽くなっていきます。

途中、お寺の境内を通ります。通らなくても保育園には行けるのですが、僕も娘もそのお寺の境内のことが気に入っており、おのずとそちらに足が向かいます。

 

都内にあって珍しく、結構長い参道と境内。背の高い木々に囲まれる参道の両脇には墓があり、その間を抜けていきます。参道を進めば、本郷通りを行きかう自動車の喧騒から次第に遠ざかり、すうぅーっと風が抜けてゆき、空気も変わります。その瞬間が、なんともいえず好ましくあります。

 

娘はおとなしく手を引かれて歩いていたり、あるいは元気に行ったり来たり走り回ったり。それでも4月の転園したてのころは、この参道を歩いては毎日泣いていました。それに比べれば、このごろはずいぶんとよくなっただろうかと思われます。

彼女は彼女なりに、転園という不条理と対峙し、泣きわめき、受け入れ、そして新しい保育園で新たな世界を構築している最中なのでしょう。

 

その保育園には予定では丸2年通うことになっているので、2018年の3月いっぱいまで通うことになります。今はその登園路を当たり前のように通っていますが、それはあくまで期間限定であり、いつの日か終わり、忘れ、時折思い出して懐かしくなったりするのだと思いながら、今日も再び抜けていきます。

 

お寺の境内。毎朝娘を保育園まで送る路。#文京区 #登園風景

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今のところ4月・5月・6月と通っていて、これから暑くなってくれば風景も変わるでしょうし、秋は秋で違った表情を見せるでしょう。冬場の境内は寒々としているのでしょうか。

 

この参道を通り抜けること、自然に近い場所を日々通ることは、何かを積み重ねているような、日々フラットを確かめるような大切な行為として、今の日常の習慣となっています。

 

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