蕎麦を欲する身体。今まで見えなかった風景。

soba

写真は 巣鴨 手打ちそば「菊谷」。こだわり抜かれた、本当に美味しい蕎麦です。シンプルに、これだけ。凛となります。

 

40歳を前にして、むしろこの頃は蕎麦を頻繁に食べたいと思うようになりました。日の落ちないうちから蕎麦屋に入り、ビールに酒、板わさや天ぷらをアテに、〆に蕎麦。おぉなんと贅沢な大人の遊戯(あんまりできませんが)。

 

そういうのがいいな、と思うようになったのはいつの頃からでしょう。酒との付き合いも長じてきて、いい加減(酒との)派手な関係は過ぎ、適度な距離感、つかず離れず、足るを知る。加齢に伴う食趣味の変化も手伝っているに違いなく、必要とされる脂の量も減ってきて、本当に些細できめ細やかな味わいが宿っていれば良し。「味わう」という言葉の、本当の意味するところを味わう。これが大人になるということなのか。

なーんて、よくはわかりませんが、たまに肉が食べたい!とかいうこともありますが、それよりもむしろ魚や野菜。がっちりとしたラーメンよりも(いやもちろんたまには食べますが)むしろ蕎麦。求めるベクトルが変わると、思考も変わってくる。

 

今まで蕎麦屋って気にしていませんでしたが、アンテナを張ると意外とあるんですね。それも結構沢山。どれだけ自分が街を見ているようで見ていないか、ということです。蕎麦屋アンテナ張ると、新たな世界が広がり面白く、いずれその暖簾をくぐってみせようぞ、と勝手に奮起します(まだまだ初心者なので敷居が高く、なかなか入りませんが)。

 

ロックばっかり聴いていたのが、この頃はジャズやクラシックが面白いと思うようになった、そういうのに似てるものかも知れません。刺激的なものより、傍に寄り添うようなものを身体が欲するようになってきた、ということかも知れません。

 

 

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