塔の力

skytree

圧巻のその塔を、生涯の晩年と壮年と幼少で見上げた心地はどれだけ違うだろうかと思いながら眺めていた。

 

おそらくはしばらくの間、屹立しつづけるであろうその塔を眺め見上げて、そして天辺まで昇った。父と母と妻と子と一緒に昇ったのだが、見える景色はきっと一緒だが、それぞれで見える景色への思いはまるで違っただろう。というか子はまだ幼いので、きっとまだよくはわからないだろうが、でもそれなりに自分が生まれ育ったその都市を見ていた。

 

街を遠目にすると、何かいろいろなことがどうでもよくなる、という気がする。

 

今日で大相撲九月場所が終わったのだが、平幕の嘉風が殊勲賞と技能賞を受賞した。彼は今年に入ってから化けて、すこぶる強くなった。今日の受賞インタビューで「相撲を楽しめたのが良かったんじゃないでしょうか」とコメントしていた。それが非常に印象に残った。「楽しむ心」をもってして「強くなる」。逆を返せば「強くなる」ための「楽しむ心」。

 

いずれもいずれ、遊びであり、空から見れば、どうでもよくて、躊躇っているのはまるで余計で、やりたければやればよくて、やったらやったで失敗したり傷ついたりするけれど、だからどうしたという気概でもってして鼓舞鼓舞、ひと区切りがつけばひと息ついて、また次にゆこうとするその過程自体が幸福で、嫌になったら遠くを見やれば塔は立っている。そこに自分が居たと思えば、得てして大丈夫、と思いながら今日も寝よう。

 

 

 

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