喫茶の壁、眺めながら

thewall

初めて訪れた喫茶店のその壁は、一日ではそのようにならずに長い年月の積み重なりがそのようにさせた。私たちの日常と同様に。

 

日曜日は娘のダンス教室に行った。11月から通っていて3か月目、娘もだんだんとコツがわかってきて面白くなってきた様子。なにより「面白い」と感じて、面白い方向に自らを動かしていくことをやってほしい。きっとこれからの時代はそういうパワーがより必要になってくるだろう。意欲的になにかをやることが大事だ。

 

来月、またパパバンドでの新たな演奏会が決定し、それも今までやっていた保育園ではなく、現在娘を通わせている園での演奏会という新たな試み。練習期間が短いので前回やった内容で、と思っていたら、どうやら「PPAP」「恋ダンス」を新たにやろう!ということになったのだ。

 

恋ダンス!なんとなくは知っていたが、実際やるとなると難しそう。と思ってPVを見てみたら、いやいや難しいよ!というわけであわあわしてます。あわわわ。

 

今は1月の20日くらいで、演奏会は1か月後の2月の20日には終わっていて、過ぎれば「あっ!」という間で、だったらちゃんとやった方がおもしろい。おもしろいからやる。嫌だったらやんなきゃいい。

 

けどあわわわってなって、とりあえず歌詞を覚えようとしているのだけど、歌詞が漠然としていて覚えづらい。掴みづらい世相を反映した歌詞を見事に現出させる星野源。ダンスも勢いでできる類いのものではなく、小手先に見えて細かく難度が高くて、これは日々の努力が見事に必要とされる。やっぱりふざけている裏腹にまじめで、そのまじめさを軽やかに笑い飛ばすその先にはなにがあるのだろう。

 

もうきっと、昭和的な汗臭さはしばらく訪れないだろう。もっと機械的な、ミニマルな、たくさんを笑い飛ばすようなパロディ感が主流だろう。ネット世界が浸透して、世間と世相と世論とバーチャルがごっちゃになって、いずれも笑い飛ばして縦断するような軽やかな姿勢が世間を駆け抜ける。星野源は実にその世相にマッチして、世間を先取りして踊ったか。それも丁度良い難度で。

 

ネット世界も結局は人に過ぎず、ひとつの事象に対して多面的に意見が出てくるものだから、その結果として作品群はひとつの解釈だけを強いるわけにはいかなくなり、パロディ化して多面化し、大事なものも自ら(先に)笑い飛ばしてしまうことでパワーを得る、あるいは先に防御する。

 

しばらくその潮流は続く、例えば1980年代は「トレンディ」とくくられる、2010年代は「パロディ」とくくられるかもしれない。バブル頃の「トレンディ」、その後20年「失われ」たのち、「パロディ」として息を吹き返した。トレンドカラーと同様に、それは誰が決めるわけでもなく、世間が要請する。

 

そんな世間の要請に対して踊らされるか、自ら踊りを仕掛けるか。いずれにせよ踊るなら、徹底的に踊った方がよい、なんなら舞台の上で、同じ阿呆であるならば。

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