the chemical brothers-wide open

統一するのか拡散するのか、描いているうちにわからなくなってくることが沢山訪れて、

臆病になるとまとめたがるし、拡散しても落ち着きたくなる、

といっても落ち着いたとか言ってても、そんなの自己の範疇の踊りに過ぎないので、

自分が見たい世界を見ようとしかしない、という指摘を受けたことが、ショックではないが、それは当たっている!と素直に思ったのだ。ではどうすればよいのだろう?と思ったときに、すぐに解決策を見いだせなくなっていたのが、それは加齢のせいには全くしたくないが加齢のせいなのだろう。

 

思考が鈍くなっていることは認めざるを得ない。しかし鈍さは伴って、視界の広さを同時に連れ立ってきてくれるのは違いない。

ひとつのことをぐぐぐっと奥の方まで考えていこうとする、その力は鈍る。しかしそれは、若い頃の訓練の賜物であると思えてならない。頭脳の働きが最良の頃に、より粘り強く、奥へ奥へ深く深く、考えようとする意欲と体力が伴う時期、その時にどれだけ自身の「考える力」のアドバンテージを更新できておくかが大事だ!と、最近切に思う。

 

だからどう、とか、それがなに、とか言えばそこまで。考えることをやめない、というのは、ただ私がやりたいと思うことであり、じゃあどうすればよい?とは思うが、それはどこにも近道などはなく、ただその場に留まり、じっくりと考えるしか方法はないのである。逆に単純で明快だ。

考え考えて、現状における一応の最良の答えに辿り着き、あとはやるかやらないか、やってだめなら残念、仕方ない。やらずに後悔するより数百倍まともだ。失敗を糧とせよ。

 

あとは踊るだけだ。自身の身体でなくなったとしても、踊るという意志は続けねばならない。その意志が本当に伝わってくる映像だ。最後はなぜだかわからないがなんか泣ける。

 

 

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