座禅会に参加。はじまったばかりの手前のあたり

ryukouji

 

本日日曜日も先週に引き続き座禅会に参加しました。

 

朝8時よりスタート。2度目の本日は、はじめての先週に比べてあっという間に時間が過ぎたのです。場に慣れ、座禅を組んで呼吸に集中することをこころがけたからでしょうか。

 

その後なにかが変わるとかそういう実感は特にないんですが、今はできるかぎり参加をして、座禅という時間を過ごしていきたいと思っています。

 

座禅をしている間は基本的に呼吸に集中し、なにを考えるわけでもないのですが、やはり考えてしまいます。考えざるを得ません。

考えるというか、勝手にいろいろなことが浮かんできます。いわゆる「想念」ですね。想念が浮かんでは消え、浮かんでは消えていく自分と対峙する、対峙せざるを得ない時間です。

基本は呼吸にたちかえり、訪れては消えていく想念を手放していくのですが、それでも否応なく浮かび上がってくる事象は、今現在の自分にとっての課題であるのだろうと思います。

 

 

まるで異なった時間性を自分自身に入れていく。

そうすることで、今対峙している現象を、より客観的に見ることができるようになるのではないか?と、淡い期待を抱いている自分がいることに気付いて、そんな煩悩は吐いて捨て去れ!とかいう想念が思い浮かんで、いかんいかんと、再び呼吸に戻ったり。

鳥の鳴き声が聞こえてくる、樹々の間を抜ける風が枝葉を揺らす。ただそれだけで満たされている不思議。

ただ座って呼吸をし、あるがまま為すがまま、とか思った時には鐘の音が鳴り、あっという間の座禅時間は終了。

 

また来週も行ってみましょう。

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